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【Pとその存在理由】第20回 任意の点P

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内科部長(循環器)です。

「大阪ライブの興奮もさめやらぬ」と言いたいところですが、強烈なリアルの仕打ちにそうした楽しい気分も吹き飛ばされてひとり泣き濡れる今日この頃であります。

このところ『Pとその存在理由』の更新が滞っておりましてご心配をおかけしました。今週から再び前のようなペースで更新できればと思います。でも週末はハルカニがあるので、更新は主としてウィークデイ中心になりそうな
予感も致します。温かい目で見守っていただければと思います。

というわけで、ここで業務連絡。ただいま執筆者の皆様に焼肉関連のご連絡を差し上げておりますので、ご確認いただければ幸いです。合い言葉は『あの肉』。本当はやらないと思ってました?w

さて、今回は『【アイマス×ガンダム】機動戦士ガンダム U.C.SAGA@i』シリーズに代表される架空戦記の動画を主体に発表されている任意の点Pです。


私にとってのアイマス、そこには二次創作という言葉が切っても切れぬ関わりを作り上げている。

アーケード時代、或いはその後世に出た家庭用ゲームの時代からこのコンテンツを支えている先達からすれば私の経緯はおもしろくないかもしれないし、怒られてしまうかもしれないが、ゲームやアニマスに触れるより先に、ニコマスに浸っていたのである(それもアニマス放送終了からしばらく経ってからのお話)。

そもそも、創作のテーマとしてアイマスを意識したきっかけといえば、まとめサイトでSSを読み耽っていたことである。だから当時、私は文字書きに憧れていた。

しかし時を同じくして、絵を描く、或いは見る楽しさに目覚める。そんな経緯もあったから、イメージを以て、そして文字情報にも手伝わせて受け手を惹きつけるテキスト系動画に、気が付いたらどっぷりとはまりこんでいた。

では、そこからどうしてニコマスPにまで自身を昇華させたかといえば、自分なりのプロデュースの在り方として、創作によってアイドルを輝かせる方法を選びたかったからである。今でこそ、SPやアイマス2はプレイし、広義でのPは自称できるが、ニコマスPとしてデビューする以前はどこをどうほじくり返してみても、Pを名乗るに足る要素が見当たらなかったのである。くれぐれも注意したいことは、私はこの考え方を他人に当てはめる気はさらさらないし、むしろ、「アイマスを楽しんでくれたらPなんだよ」くらいのスタンスでいる。但し、それを振りかざしても自分を納得させることができなかった結果、現在に至る。

これは憶測に過ぎないが、作り手には「人前に晒すことに興味はないけど、作ってみたから見てもらおう」という考えしか持たない人間はほとんどいないと思う。程度の差はあれど、なんらかの反応が欲しくて、つまり人様に見てもらいたくて作っているというのが本音或いはそれに近いものであろう。

では私はニコマスPとして、何を見てもらいたいのかという話になる。もちろん、絵やストーリーにも注目してほしいのだが、「この子はこんな役もやるんですよ」だとか「この子はこうした方がいいと思ったんです、ボクは」というような主張である。だから、アイドルたちをどのように売り出して、輝かせるかをまず真剣に考える。このステージを確かに踏むことが私にとってのプロデュースだし、もしこれをやめてしまったら、私はPという肩書を`私自身の中で`捨ててしまうことになる。

アイマスというのはひとつのコンテンツではあるのだが、アイドルたちには確かに「人格」というものがあって、だからプロデュースを自身の満足を得るためだけに行うものには、私は到底できないのである。もともと私自身は身勝手極まりない性格で、それには危機感も伴っている。だから私は、プロデュースという責任の生じる行為を、創作に根差すテーマとしてあえて選んで、自分を追い込んでいるのかもしれない。真人間の考えから言わせれば人を想うことにはなっていないかもしれないが、私や多くのアイマスP若しくはファンにとっては、アイドルの人格を相手にすることは立派な対人行為だ。この双方向性というのも、この世界の魅力だと私は思っている。

アイドルたちは、仕事があれば嬉しそうな顔をするし、その仕事の中で様々な表情を見せてくれる。それははっきりと、「楽しい」という意思表示なのだと信じている。それが前提となって、しかも私自身も楽しい。この二つの立場に存在する楽しさというのがとても大事で、どちらかが欠けてしまえばそのとき私のプロデュースは終了するかもしれない(アイドルの気持ちや体調の管理もPの仕事なんだけれど)。自分だけが楽しいことなら、今まで数多く出会ってきたが、互いを想いあって歓びを作り上げていくものなど、そう鉢合わせるものではない。この出会いは大事にしていかなければなるまい。

ここまでくどくどと、生意気にも自分語りのようなことをさせていただいたが、かいつまむと、「アイマスは創作がつきまとうものだという勝手な認識があること」、「自身に限定する形で、プロデュースの在り方を規定したこと」、「自身とアイドルの二つの立場に楽しみを生み出せるという可能性に惹かれたこと」といったあたりが、私がニコマスPたるゆえんである。

長々とすみません、焼肉食べたいです。



立派な論説です。

”アイマスというのはひとつのコンテンツではあるのだが、アイドルたちには確かに「人格」というものがあって、だからプロデュースを自身の満足を得るためだけに行うものには、私は到底できないのである。.....(中略).......真人間の考えから言わせれば人を想うことにはなっていないかもしれないが、私や多くのアイマスP若しくはファンにとっては、アイドルの人格を相手にすることは立派な対人行為だ。”

非常に感銘を受けました。任意の点Pにプロデュースされるアイドルはさぞかし幸せでしょう。

現実の人間と仮想の人格。どちらがアイドルにふさわしいのかと考えてしまうことがあります。テクノロジーの進歩は仮想の人格をもっと実在の人物に近しいものにして、そのうちにふたつは区別が付かなくなるでしょう。そうなれば『よりアイドルにふさわしい人格』を与えられた仮想のアイドル達は、現実の人間よりはるかに理想的なアイドルたり得るでしょう。

そして、そういう視点から見るならば、『二次創作』という武器でさらなる人格の補完を目指すニコマスPは、アイドルの人工合成という領域において時代の先兵と言えるのかもしれせん。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの『接続された女』も裸足で逃げ出す先進性ですね。

おっと妄想、妄想。静まれ、静まれ。

というわけで、次回はりっぷるP、その後みしお子Pと続く予定です。

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