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【Pとその存在理由】第13回 ◆半角P

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内科部長(循環器)です。

皆様、お暑い中いかがお過ごしでしょうか? 

リアルがちょっとハンパない状況でございまして、更新が遅れ気味になっております。温かい目で見守っていただければ幸いです。

さて、今回はノベマスとPVの両方で活躍中の◆半角Pです。"しかくはんかく"とお読みします。知性派と言われる◆半角Pの存在理由とは?


おはこんばんちわ。◆半角Pです。

焼肉につられて、私が「ニコマスPをやっている理由」について述べてみたいと思います。

根が理屈っぽい私なので、ひょっとしたら小難しいことをつらつらと並べるだけになるかもしれませんが、よろしくお願いします。

結論から言ってしまうと、私がニコマスPをやっている理由の大きな一つは、アリシャスPと同じなのです。

『「この子たちは本当に可愛い」と確認し、共感してもらうために限られた時間を注ぎます。』

ああ、うん、そうよね。

アリシャスPのこの言葉には、素直に心から共感します。それほどまでにこの言葉は、端的にニコマスPの存在理由を示していると私は思います。

とはいえ。

同じことを述べるだけではこの原稿を書く意味がありません。なにより、私がアリシャスP以上にこのことについて端的に述べられるとも思いません。ですから、私はもう少しテーマを広げて、「なぜ創作活動をするのか」という点についてふれながら、私がニコマスPであり続けるもう一つの大きな理由について述べてみたいと思います。

いろいろなところで既に話していますが、私はもともと、アニメやゲームの二次小説を書いている同人作家でした。

私が創作活動を行うようになったのは、小学校5年生頃のときからです。もっとも、その頃の創作活動としては、主に頭の中でイメージを空想するだけでした。通学途中やふとした時間に、頭の中で当時読んでいた漫画やアニメの様々なイメージをふくらませ、お話を作っていました。そして、初めて頭の中のイメージを文章にしたのは、小学校6年生の時です。きっかけは、国語の授業で「小説を書いてみよう」という授業があったからです。他の子が400字詰め原稿用紙2~3毎しか提出していなかったところ、たしか10枚以上の原稿を書いて、それでも終わらず、先生に「もういい」と言われたのを覚えています。

授業という形ではなく(つまり、強制ではなく)、自分で二次小説を書き上げたのは、たしか、中学校1年くらいのときだったと思います。その頃、初めて自分の部屋をもらえて(それまで自分の部屋が無かった)、誰にも邪魔されることなく、一心不乱に文字を書き連ねることが出来た喜びは、今でもかすかに心に残っています。

以来、私は創作活動を続けていました。高校時代では部活が忙しくて余り創作は出来ませんでしたが、大学に入り、自分のPCを持つようになって創作活動はいっそう加速しました。

どうして私はそんな子供の頃から創作活動を続けてきたのでしょうか。

それは、一言で言えば、「友達がいなかったから」です。

ひどく個人的なお話ですが。私は中学受験をしています。小学5年生のころから、私は、受験のために週6日(!?)、塾に通っていました。平日は学校が終わった後、夜22時くらいまで。休日は、朝9時から夜8時くらいまで。今思い返してみても通いすぎですよね。

当然、友達と遊んでいる暇はありません。

それどころか、クラスのみんなが見ているテレビ番組を見る暇だってありません。前日にTVでやっていたアニメやドラマやバラエティの話題に、私は全くついて行くことが出来ませんでした。

子供というものはときとして残酷です。

話題について行けない私は、クラスメイトから完全に放置されました。子供にとって、学校のクラスというのは一つの完結した世界です。そして、それ以外に世界はありません。現実の世界における唯一の場所で居場所を失った私は、空想の世界に自分の居場所を求めるしかありませんでした。

そう。

私にとって創作活動とは、自分の居場所を構築する行為としてはじめられたわけです。

それはひどく個人的で、独善的で、独りよがりな行為です。ですから、私は当初、創作したものを人に見せる気は全くありませんでした。現に、小学生~中学生に入った頃に書いたものは、かつて引っ越しした時、そのほとんどを破棄してしまっています(今思うとすごくもったいないことをしたと思いますが)。そうやって独りよがりだった創作活動が大きく変わったのは、中学2年生の後半でしょうか。

当時、私が通っていた中学で、私学ということもあってか、非常に小規模ですが、「小説コンクール」というのが開かれました。私はそのコンクールに応募しました。応募した理由は、国語の先生に勧められたからだったと思います。

そのコンクールで、私は、佳作を受賞しました。

応募総数十数通という非常に小規模なものだからだったからこそ受賞できたのだとはとは思いますが、それでも私には衝撃でした。そのとき、私は初めて自分の創作したものが認められるという経験をしたのです。

それ以後、私は「人に見せること」を前提に創作活動を行うようになりました。

大学時代には、他人のHPに二次小説を起稿したり、コミケに出品する漫画の原作を作ったり。社会人になってからは、ラジオドラマの原作脚本を書いたり、現在は舞台の脚本を執筆したりするなど、より積極的に「他人に向かって」自分の創作を公開するようになりました。

そういう「他人に向かって」自分の創作を公開するという活動の中の一つに、ニコマスも入っています。

実は、自分の中でニコマスPとしての活動がこんなにメインとなるなんて、当初は思っていませんでした。ですが、今では、デビューした頃からは考えられないくらい、私の中でニコマスPとしての活動はメインなものとなっています。

その理由は、ただ一つ。

ニコマスPとしてステキな人々と交流を深めることが出来たことにあります。

「人に見せること」を前提とするようになっても、私にとっての創作活動は、依然として、自分の居場所を構築するという意味を持ち続けています。

私は、現実世界のあらゆる理不尽と苦しみを、創作活動という代替行為によって解消している、とても弱い人間です。そんな弱い人間にとって、自分の創作したもの、即ち、自分の居場所が認められること、さらには、その自分の居場所でステキな人々と知り合いになれることは、言葉に尽くせないくらい幸せなことです。

だから。

私は、今日も理不尽でどうしようもない現実にあらがうために、ニコマスPとして、動画を作り続けているのです。

やっと手に入れた、たった一つの自分の居場所を守り続けるために。

以上が私が「ニコマスPをやっている」もう一つの大きな理由です。なんというか、非常に個人的で独りよがりの理由ですよね。アリシャスPのようにかっこよくはありません。

私はただただ、自分のためだけに動画を作っているといえるのですから。

ここまで長文におつきあい頂きましてありがとうございました。

予想通りというべきか、私のどろっとした内面をぶちまける形の文章になってしましました。こんな私ですが、もしよろしければ、これからもちょくちょくとおつきあいいただけるとうれしいです。今のところ、ニコマスPを引退するつもりはありませんので。

では、次の動画でみなさんとお会いできるのを楽しみにしつつ、この文章を終わらせたいと思います。

ありがとうございました。



ニコマスの良いところの一つに『文脈が広い』ということがあると思います。『寛容である』と言い換えてもいいかもしれません。ですから、創作を志す人であればどこかしら居場所のではないかと思います。居場所があれば、そこで人と人の繋がりが出来て、居場所は広くなります。こうして世界は広がっていくのです。

◆半角Pがおっしゃるように現実世界は理不尽でどうしようもなく、苦しみに満ちています。だからこそ、人と人の繋がりが必要です。それなしでは生きていけないのです。生きていくための居場所としてのニコマス。それはとても素敵な場所なんかじゃないと思います。

おっとリアルが多忙だとセンチメンタルになるぜ。

というわけで、次回は「山田ァ!!」ことやらしいさんです。その後はだめひゅさんことdamehumanoidさんと続く予定です。

山田ァ!!

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