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神、光あれ!とのたまえばサイリウムありき Dixitque Deus: "Fiat lux!" Et facta est CYALUME.

行ってきました7thライブこと『THE IDOLM@STER 7th ANNIVERSARY 765PRO ALLSTARS みんなといっしょに!』。気がつけば土曜日、日曜日の両日とも参戦した上に、金曜日、土曜日、日曜日と3日連続でOFF会にも参加するという濃ーーーーーーーい週末となりました。

アイドルマスターというよりはニコマス動画が好きで、興味の矛先はもっぱらニコマス動画とそれをとりまくコミュニティーに向けられている私にとって、アイマスのライブコンサートというものは、正直言ってそれをほど強く興味を引くものではありませんでした。もちろんこの歳になって初めてライブに行く、ということ自体がかなり敷居の高いことだったということもあります。

そんなわけで、7thライブも静観しようと思っていたのですが、チケット争奪戦で盛り上がるTLを見ているうちに、なんとなくムラムラしてチケットを申し込んでしまったというね……。ってなわけで、最終的には広告クラスタのnさん(って誰だかモロバレじゃん)にもお誘いいただいて、両日とも参戦することになってしまいました。たぶん一人だったらチケット当たっても行かなかったんじゃないかと思います。だってコワイんだもん。コワイでしょフツー。

それでも1週間くらい前からは緊張のあまり憂鬱になってきて、真剣に行くのやめようと思った時期もありました。にわかな自分が行く価値があるんだろうかと思えてしまって……。でも、TLの皆様に背中を押されて気がつけば横浜アリーナの前に立っていました。感謝感謝です。

うん、本当に本当に行って良かったです。素晴らしかった。最高でした。もう最後はボロボロ泣いて帰ってきました。ここだけの話、正直ちょっとバカにしてたんです。しょせん声優さんのライブでしょって。ゴメンナサイ。完全な認識不足でした。ライブが始まったあの瞬間から世界が変わりました。
さて、感動を語ってばかりでは仕方がないので、『自分にとってアイマスのコンサートとは何だったのか?』について少し語りたいと思います。

『アイマスは宗教』とはよく言われる言葉ですが、誤解を恐れずに言えば、比喩ではなくまさしくその通りだと思いました。アイマスのライブとは極めて強力かつ洗練された宗教的洗脳装置であったと思います。

こう書くとネガティブにとらえられるかもしれませんが、私としては極めてポジティブに評価しています。宗教であるとか、教育であるとかとはとどのつまりある種の洗脳であり、それ自体が悪なのではなく、何を目的として、何を目指すかによって評価されるべきであるからです。

サイリウムを振り、コールを送り、アイドルマスターの世界観をイメージしつつライブの興奮の中に身を置いている時、ああ、これは三密加持という宗教的儀式なのではないかと感じました。

三密加持(さんみつかじ)とは、弘法大使空海が確立した真言密教の修行の方法で、三密とは身密(しんみつ=身体的な秘密、具体的には手に契印を結ぶ)、口密(くみつ=口で仏の言葉を唱える)、意密(いみつ=仏を心でイメージする)を意味します。これを実行することで、仏の身(み)と口(くち)と意(こころ)の三密と修行者の身と口と意のはたらきとが互いに感応(三密加持)し、仏と修行者の区別が消えて一体となる境地に達することができるとされているのです。

サイリウムを振り、コールを送り、周囲とイメージを共有することは、それぞれ身密、口密、意密を表し、それを徹底することで、ガールズや全てのスタッフと観客の区別は消え一体化し、ある種の悟りに到達するのではないかと感じました。いかん、このままでは蝉丸Pに説教されそうですね。コワコワ。

また火や光は常に宗教的な意味を持ちます。火は闇を照らし善または智恵の象徴とされる光の源であるからです。サイリウムの化学の光はこうした宗教的なニュアンスを強く持っているように感じました。

そういう観点から見るならば、アイドルマスターとはアイドルという神をいただくある種の多神教であり、ライブとはその教えを伝えるための洗脳装置=ある種のミサや法要の類と言えるでしょう。

それゆえ、客観的視点を維持しつつ冷静にライブを見るとき、それはかなりの苦痛を伴うのではないかと感じました。心を無にして、周囲の観客と一体化しつつ、アイドルマスターという教義を受け入れる姿勢を保つことが、ライブを楽しむコツなのではないでしょうか。

こうした共通体験をある種薄気味悪いと感じる方も感じる方もいらっしゃると思います。『みんな一緒に!』とある種の理想を語りこともバカらしいと思うかもしれません。

しかしながら、既存の宗教や民主主義、資本主義や共産主義といった『大きな物語』が滅びつつある今、アイドルマスターいう『物語』を語り、一つのビジョンを共有することは大いに意味があると思うのです。本当の意味で『一緒になる』ことなど不可能なのはわかっているのです。なぜなら、われわれは本質的に人格という檻に囚われた孤独な存在であるからです。それでもなお、それだからこそ崇高で実現不可能な理想をこうした場で語ることには価値があるのはないかと感じました。

少なくともライブのあの瞬間、私はそれを信じようと思ったのです。その気持ちはきっと忘れないでしょう。

ありがとう。本当に楽しかった。

Comment

No:36|
はじめまして 内科部長様

同じくライブに2日間参加したものです。
過去分含めて、全て読ませて頂きました。非常に面白かったです。

まさしくあれは肯定的な意味での宗教儀式だったように思います。神降ろしの儀式をしている巫女さんを見ているようでした。

光(全体的に薄暗いホール、キャラ色ごとのサイリウムと動き)、音(曲、コールや合唱)といった舞台装置は”降ろす”ためにもってこいでしたね。入り込んでいる参加者にとっては、泣くというところまで情感を揺さぶられたのも頷けます。私はOPから号泣してました。

アイマスライブの凄さは、そこまで到達するのが初回参加者からでも可能なところだと思います。複雑過ぎないコールとコール本の配布、サイリウムに関するルールと知識の頒布、オタ芸をしない(許さない)ことで、他の声優ライブとも異なる強烈な一体感を比較的容易に生み出していると思います(そのための関係者、参加者の努力たるや!)。

3回目の参加でしたが、今回が最も感動しました。次回もきっと参加するでしょう。機会があればライブ会場でお会いできることを。
No:38|申し訳ございませんでした
ina様、

お返事があり得ないほど遅くなりました。お詫び申しわげます。投稿したつもりがブログに反映されておりませんでした。

"アイマスライブの凄さは、そこまで到達するのが初回参加者からでも可能なところだと思います。複雑過ぎないコールとコール本の配布、サイリウムに関するルールと知識の頒布、オタ芸をしない(許さない)ことで、他の声優ライブとも異なる強烈な一体感を比較的容易に生み出していると思います"とのご意見に完全に同意します。『敷居の低さ』はとても重要だと思うのです。参加者も初心者にやさしいのには泣けました。

こちらこそ、次回の会場でお会いできることを楽しみにしております。

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