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いちばん近くて、いちばん遠い人への愛

mit氏の動画は非常に不思議な雰囲気を身にまとっています。近いようで遠い。手が届くようで届かないのです。追い求めるものは、愛するものは、いつも薄いスクリーンを隔てた向こう側にいるのです。そうした印象を与える原因は、単に画面構成やエフェクトといった技巧ではなく、もっと本質的な部分にあるような気がします。

mit氏



『itqou』

主人公は真美です。

わたしの こころの なかに いる ちいさな こども …… たいせつに するよ さあ いこう

私の心の中にいる小さな子供、とは誰でしょうか。

"子供には、自分を無条件に受け入れてくれる親が必要だ。自分が必要とされていることを確信することで、自分を信じ、他人を信頼することができるようになる。親の愛を得るために感情を抑圧しつづけた子供は、怒りや心の傷をかかえたままおとなになる。無視され、傷ついた「過去の内なる子ども」つまりインナーチャイルドが、人間の精神的苦痛の根源なのだ。私たちは自分の力でこのチャイルドを再生し、本来の自然の子どもを取り戻すことができる。"
「インナーチャイルド」 ジョン・ブラッドショー

ある種の生きづらさを感じている人の中にいる「過去の内なる子ども」のことをインナーチャイルドと呼びます。すべての人の中にいるわけではありません。インナーチャイルドを持つ人は、それを見つけ、認め、愛するところから真の意味での内面的な成熟が始まります。しかし、それを見つけ、自分に再統合する過程は容易な物ではありません。

そういう意味で、インナーチャイルドは自分にもっとも近い存在=自分自身であると同時に、なかなか手の届かないところにいる遠い存在です。

真美にもインナーチャイルドがいたのでしょうか? ラストでアイマス2の真美が迎えに来るところは、インナーチャイルドの再発見と再統合のはじまりを表しているように感じました。



『ふたり』

君と僕の間にあるもの

ふたりは とてもよく似ていた
苦手なものも よーく似ていた

君と僕とは当然のことながら亜美と真美のことです。亜美と真美は一卵性双生児で、同一の遺伝情報を持ち、生物学的には
同一です。しかしながら、近しいパーソナリティを持つとはいえ別の人格を持ち、あらゆる意味で『別の人間』です。

自分と外見的には同じ人間のようでいて、他人。ほとんど理解できるのに、あとわずかなところで手が届かない。でも、この世の中でだれよりも自分のことを理解してくれる人がいる。

一卵性双生児が本質的に備える喜びと、逆に一卵性双生児あるが故に逃れられないある種の悲しみをこの動画に見た気がしました。

亜美は表舞台に立ち、真美は影武者。ある種の悲しみを内包した亜美真美の物語を昇華させた素晴らしい動画であると感じました。その点、アイドルマスター2の亜美真美の設定はもっとずっと表層的で、何となく物足りないのは私だけでしょうか?

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